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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)5991号 判決 1977年11月28日

原告

向井一

右訴訟代理人弁護士

宮井康雄

被告

日本国有鉄道

右代表者総裁

高木文雄

右訴訟代理人弁護士

森本寛美

右訴訟代理人

栗田啓二

岡嶋文治

(ほか四名)

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四二五〇円及びこれに対する昭和五〇年一二月一九日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  被告敗訴の場合の担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一、請求原因

1、原告は肩書住所地(略)に居住し、神戸市東灘区魚崎北町一丁目六番一八号所在の兵庫シャープ電機株式会社に勤務している者であるが、右会社への通勤のため通常次の経路の交通機関を利用している。すなわち、

往路は京阪電気鉄道株式会社経営のいわゆる京阪電車郡津駅か交野駅より、京橋駅まで京阪電車を利用し、被告京橋駅から大阪環状線の列車に乗り換えて大阪駅まで至り、大阪駅で被告東海道線の列車に乗り換え同住吉駅で下車するというコースで、復路は右往路とは逆のコースをとって帰宅するものである。

2、右通勤のため原告は、昭和五〇年一一月一〇日京阪電車京橋駅において、京阪電車交野駅から被告東海道線住吉駅(うち被告の列車を利用するのは、京橋駅から住吉駅)までの区間の京阪電車・被告連絡通勤定期券(有効期間昭和五〇年一一月一一日から同年一二月一〇日まで)を購入し、被告との間で右有効期間中の継続的旅客運送契約を締結した。

3、ところが昭和五〇年一一月二六日から同年一二月三日までの八日間、公共企業体等労働組合協議会(以下「公労協」という。)のいわゆるスト権奪還闘争の一環として、被告従業員により組織されている国鉄労働組合(以下「国労」という。)、国鉄動力車労働組合(以下「動労」という。)がストライキを行なった結果(以下「本件スト」という。)、被告は、大阪環状線・東海道線の各列車の運行を休止した。

4、右列車運休のため、原告はやむなく右八日間通常の通勤経路を次のとおり変更した。すなわち、

往路は京阪電車郡津駅か交野駅より淀屋橋駅まで京阪電車を利用し、同所で大阪市営地下鉄御堂筋線(以下「地下鉄」という。)に乗り換えて梅田駅に至り、さらにここで阪神電気鉄道株式会社の経営するいわゆる阪神電車に乗り換え同電車青木駅で下車するというコースで、復路は右往路とは逆のコースをとった。ただし、昭和五〇年一二月三日の往路については、ストライキによる地下鉄の運行休止のため、京阪電車淀屋橋駅より阪神電車梅田駅まで歩き、地下鉄を利用できなかった。

5、原告は右通勤経路の変更により、次のとおり四二五〇円の出費を余儀なくされ、同額の損害を被った。すなわち、

京阪電車京橋駅と淀屋橋駅の間

片道六〇円

地下鉄淀屋橋と梅田駅の間

片道七〇円

阪神電車梅田駅と青木駅の間

片道一四〇円

(六〇円+七〇円+一四〇円)×二×八(日)-七〇円=四二五〇円

よって原告は被告に対し、被告の前記運送契約上の債務不履行に基づく損害金四二五〇円及びこれに対する被告への訴状送達の日の翌日である昭和五〇年一二月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因2、3の事実は認める。同1、4、5の事実は知らない。

三、抗弁

1、本件ストにより、被告が原告に対する旅客運送契約上の債務を履行できなかったことについて、被告の責に帰すべき事由がないから、被告には責任がない。

民法第四一五条では「債務者ノ責ニ帰スヘキ事由」によって履行をなすことができない場合に債務不履行の責任があるとされているところから、「債務者の責に帰すべからざる事由」による場合に右責任がないことは明らかである。そして「債務者の責に帰すべからざる事由」にあたるとするためには、不履行をもたらした当該事実が専ら債務者側の事情より生じたものでないこと(外部帰因性)、及び債務者が不履行の発生を防止できる地位にないこと(防止不可能性)の二要件を必要とすると解されているところ、原告に対する旅客運送契約不履行について、被告は右各要件をいずれも具備しているものである。

まず外部帰因性についてであるが、一般に団体交渉は使用者側及び労働者側が労働条件を自主的に解決するために認められた制度であるから、使用者側が団体交渉において労働者側の要求を拒絶する自由を有していることは明らかであり、労働者側の要求を拒絶したために争議行為がなされたとしても、右争議行為には使用者の指揮命令権は及びえず、ひっきょう外部的現象にほかならないものというべきである。しかも、本件ストは公労協が政府に対してスト権奪還の立法要求を認めさせることを目的として行なわれたいわゆる政治ストであって、スト権を認めるかどうかの問題は被告が公労協の決定に参画している国労・動労との団体交渉によって自主的に解決できる性質のものではなく、この点からも、債務不履行をもたらした本件ストは被告側の事情により生じたものということはできない。

次に防止不可能性についてであるが、そもそも本件ストはスト権の奪還及びその法制化等立法措置の促進を目的として行なわれたもので、その解決は政府の処置にまつほかなく、最終的には国会の場において論議・決定せらるべき政治問題であって、被告としてはこれを解決する権限も能力も有しないものである。しかし、被告は本件ストをただ手を拱いて傍観していたわけではなく、本件ストを回避するために、総裁みずから国労・動労の各委員長を招き口頭で条理を尽してストライキの中止を説得し、文書で警告したほか、総裁訓示を鉄道公報に掲載し現場の掲示板に掲示して、組合員に対し直接スト中止を訴えるなどしてスト回避の努力を試みたが、本件ストを回避することができなかったものである。

2、本件ストによる列車の運行休止に関して、原告は被告に対し、運行休止日に相当する枚数の乗車票の交付又は運行休止期間に対する定期旅客運賃の払い戻しのいずれかを請求することができるが、他の運輸機関を利用したことによる出費額を損害賠償として請求することはできない。すなわち、

被告は、被告の経営する鉄道等と他の運輸機関の経営する鉄道等との間の旅客等の連絡運輸に関する運送条件について、連絡運輸規則を定め、昭和三三年九月二四日公示第三三一号をもって官報に公告しているが、右規則は、被告が連絡運輸契約を締結する場合の権利義務を定型的に定めたいわゆる普通取引約款としての運送約款の性質を有するものである。したがって、右規則の条項は原被告間で締結された旅客運送契約の内容となり、原被告双方を拘束することとなるのである。そして、右規則第七九条において本件ストのような運行休止の場合の旅客の措置について旅客営業規則(昭和三三年九月二四日公示第三二五号)第二八八条を準用しているが、右二八八条によると列車等が運行休止のため引続き五日以上定期乗車券を使用できなくなったときに限り、旅客は、その乗車券を駅に差し出して相当日数の右効期間の延長又は旅客運賃の払い戻しを請求することができる旨規定している。右規定は、列車等が運行を休止した場合には、その原因が被告の責に帰すべきものであるか否かを問わず、旅客の方で一律に有効期間の延長又は旅客運賃の払い戻しを請求しうることとする反面、仮に旅客がそれ以上の損害を被った場合においても、被告がその損害を賠償すべき義務を負うことはない旨のいわゆる免責約款の趣旨を包含するものであると解せられるから、本件ストによる列車運行休止の場合にも、被告は、前記連絡運輸規則第七九条、旅客営業規則第二八八条に定めた義務以上に他の運輸機関を利用したことによる出費額の損害賠償義務を負うものではない。

しかも本件ストによる列車運行休止に関して、被告は、右取扱いのほか社会的公平の見地から、旅客の利益を図るための特別措置として、(イ)使用できなかった日数が四日以内であっても、定期乗車券の有効期間延長又は乗車票交付の取扱をし、(ロ)使用できなかった日数が五日以上の定期乗車券は前記規則に定める有効期間の延長又は旅客運賃の払い戻しの取扱のほか、これに代えて乗車票を交付するという新たな運送条件を設定し、この旨昭和五〇年一二月四日各駅頭に掲示したので、旅客は右特別措置に基づく請求権をも有することとなった。原告の場合には、連絡運輸機関である京阪電車がストを行なわなかったために、連絡通勤定期券の有効期間の延長はできないけれども、運行休止日数に応じて算定される旅客運賃の払い戻し、又は運行休止日に相当する枚数の乗車票の交付を請求することができたのである。

四、抗弁に対する認否

1、抗弁1は争う。本件ストによる列車運行休止について、被告の場合、「責に帰すべからざる事由」の構成要件としての外部帰因性及び防止不可能性のいずれの要件をも充足するものではない。

まず外部帰因性について、本件ストは被告の履行補助者である国労・動労の組合員によって行なわれたものであるから、被告の列車運行中止は第三者である債権者との関係においては、まさに「債務者側」の事情によって生じた債務不履行であるというべきである。また、被告は、本件ストはスト権奪還闘争という政治ストであると主張するが、本件ストは一般私企業の労働者が一定の政治目的を達せんとして行なう政治ストとは性質を異にするものである。被告は公法上の法人であるとされているが、資本金の政府全額出資、内閣による総裁の任命、運輸大臣による監査委員会委員の任命・決算の承認・監督、予算の閣議決定・国会提出、会計検査院の検査等の日本国有鉄道法の諸規定に照らすと、被告の実態は、国(政府)の経営にかかるものと観念して差し支えなく、これらの点からすると、スト権の奪還及びその法制化等の立法又は政治的措置の促進を目的として行なわれた本件ストは、実質的には使用者対労働者間に発生した通常の企業内部における労働条件をめぐるストと何ら変わりなく、いわゆる政治ストにはあたらないというべきであり、被告の列車運行休止について、債務不履行責任を免れる外部帰因性の要件を具えていないことは明らかである。

次に防止不可能性の点について、被告は、公務員のスト権問題につき被告がこれを解決する権限も能力もないと主張するが、前述のとおり被告と政府とは一体的なものであるところ、政府が憲法の労働基本権保障の趣旨、ILO条約の精神、世界の労働慣行等を尊重し、スト権問題について前向きの姿勢で真摯に取り組んだとはいえず、事業の現場担当者である被告にしても、政府に対してスト権問題の解決策を進言する等主体的、積極的に行動すべき立場にあるのにこれをなさず、本件ストに関して国労・動労の組合代表者に一片の警告文・申入書を交付し、総裁訓示を職場に掲示する程度のことをしたにすぎないから、政府・被告ともどもスト回避のための努力をつくしたとは到底いえないのであって、列車の運行中止による債務不履行について被告の主張する防止不可能性の要件も具備していないのである。

2、抗弁2については争う。

被告が一方的に制定する連絡運輸規則・旅客営業規則は、被告内部の業務遂行上の準則を定めたものにすぎず、運送約款たる性質を有するものではない。仮に右各規則が約款の性質を有するとしても、これが当然に契約当事者を拘束する効力を有するものではなく、被告の行なう旅客運送に関する契約の内容が「約款による」との商慣習ないし商慣習法も存在しない。もしも右各規則が客観的法規範として妥当するものであるならば、契約当事者双方を平等に規律するものであって、被告が単独でこれを変更することはできない筈であるのに、被告は本件ストにおいて右各規則に定めのない乗車票の交付等の特別措置をとったのであるが、被告が右の特別措置をとった事実は、右各規則に客観的法規範性がないことを示すものである。

仮に右各規則が運送約款たる性質を有し、かつ約款としての効力を有するとしても、連絡運輸規則第七九条及び同条によって準用される旅客営業規則第二八八条は被告主張の免責約款たる性質をもつものではない。けだし約款の解釈は厳密になされるべきであり、約款を定立した側に一方的に有利になるような解釈は極力避けるべきであるところ、右各条項には免責約款たる旨の明文の規定は存しないからである。また右各規則は、被告の業務が全体として正常に運営されている場合に、ある特定の列車又はある特定の区間につき、天災等の物理的要因により正常な列車の運行ができない場合の措置を定め、かような場合にのみ適用されるのであって、本件ストのような人為的要因による列車の全面的運行休止の場合には適用がないと解すべきである。

第三証拠(略)

理由

一、請求原因2、3の事実は当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、請求原因1、4、5の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右のとおり、請求原因事実はすべてこれを認めることができる。

二、そこで、抗弁について検討するに、被告は、本件ストによる列車運行休止に関し、原告は被告に対して、運行休止日に相当する枚数の乗車票の交付又は運行休止日数に対応する定期旅客運賃の払い戻しのいずれかを請求することができるが、他の運輸機関を利用したことによる出費額を損害として請求することはできないと主張する。

(証拠略)によると、被告は、被告のなす旅客運送に関して定型的・画一的処理をするために旅客営業規則を制定し、また被告と連絡運輸をする会社(京阪電気鉄道株式会社を含めて)との間で連絡運輸契約を締結し、右連絡運輸の能率的・合理的な取扱いのために連絡運輸規則を制定しているが、右各規則制定にあたっては事前に運輸省に報告され、昭和三三年九月二四日、旅客営業規則につき公示第三二五号、連絡運輸規則につき公示第三三一号で官報に掲載されるとともに、連絡運輸の取扱いをする被告の駅又は被告と連絡運輸を行なう会社の主要駅等に右各規則を備え付けて一般の閲覧に供しうる状態においていることが認められる。(原告本人の供述によるも右認定をくつがえすに足らず、ほかに右認定に反する証拠はない。)また、被告が日々きわめて多数の旅客との間で種々様々な運送契約を締結していることは公知の事実であり、(人証略)によれば、被告の取扱う連絡運輸の旅客は年間約一五億人、そのうち原告のように定期乗車券を利用する旅客は約一三億人であることが認められる。

右認定の事実、とりわけ、右各規則の成立目的、その公示、備付状況、被告の大量輸送機関である事業形態等に鑑みれば、右各規則は、集団的大量的になされる運送契約上の権利義務を合理的、画一的に処理するための普通取引約款としての運送約款の性質を具有しているものと解するのが相当であり、単に被告内部の事務遂行上の準則にとどまらないものというべきである。したがって相手方が右約款によらないことを表示しないで契約したときは、たとえ相手方が契約当時その約款の内容を知悉していなかった場合であっても右約款による意思で契約したものと認むべきであり、原告が前記規則によらないとの意思を表示したことについて主張立証のない本件においては、原告は右規則による意思で被告との間で旅客運送契約を締結したものと認むべきである。

ところで(証拠略)によると、右連絡運輸規則では、列車の運行休止の場合の措置として第七九条において旅客営業規則第二八八条を準用しているが、右二八八条によると、定期乗車券による旅客は列車が運行休止のため引き続き五日以上その乗車券を使用できなくなったときに限り、その乗車券を駅に差し出して相当日数の期間の延長又は所定の金額の払い戻しを請求することができる旨規定していることが認められる。右二八八条所定の「列車等の運行休止」とは、列車の運行不能・遅延等の場合の取扱方を定めた旅客営業規則二八二条の規定をも考慮すると、原告が主張するように、単に特定の列車又はある特定の区間につき正常な列車の運行ができない場合に限定すべき根拠はなく、本件ストの如き人為的要因による全面的運転休止の場合をも含む趣旨であると解するのが相当である。そして、前記のとおり定期乗車券を使用する旅客が多数であり、列車等が運行を休止することによって右旅客らの被むる不利益・損害が多種多様であり、運行休止についての帰責原因の有無・各旅客らの運行休止による損害の有無、程度、態様を判断して、個別的に損害の填補を図るとすれば、公共運輸機関たる被告の事業運営が著しく阻害され、運賃等の高騰を招いて、ひいては列車利用者の負担増加となることは容易に予想しうるところである。運行休止による利用者側の不利益は、相当程度までやむを得ないものとして忍ばねばならないとすることも、十分に理由があるといわなければならない。右の事情もあわせ考えると、連絡運輸規則第七九条が準用する旅客営業規則第二八八条は、引き続き五日以上の運行休止が生じたときに運行休止の原因のいかんを問うことなく、被告が定期乗車券を使用する旅客に対し、有効期間の延長又は旅客運賃の払い戻しをなすべき義務を負担するとともに、それ以外には何らの義務をも負担しないとの免責約款たる性質を有するものと解するのが相当である。そして、免責約款たる右二八八条の規定は、旅客側で個別の損害の立証を要しないで前記のような取扱を受けられることをも考慮すれば、必ずしも利用者を不当に不利益にするものとはいえず、本件に顕われた全証拠によるも、公序良俗・信義則違反等の見地からその効力を否定すべき事情を認めることはできない。

なお、(証拠略)によると、被告は、本件ストによる列車運行中止に限り、社会的公平の見地から、旅客営業規則第二八八条に定める取扱のほか、特別措置として、使用できなかった日数が四日以内の定期乗車券についても有効期間の延長又は乗車票の交付をまた使用できなかった日数が五日以上の定期乗車券については相当日数の期間の延長又は所定の金額の払い戻しに代えて乗車票の交付を、それぞれ請求できる旨定め、昭和五〇年一二月四日これを被告の各駅頭に公示したことが認められる。

原告は、被告が右の特別措置をとったことは、前記各規則が契約当事者を拘束する運送約款たる性格を有することと矛盾する旨主張するが、被告が右特別措置をとったことは、原告ら列車利用者に対して一方的に利益を与えるものであって、列車利用者の権利を制限するものではないから、被告の意思表示のみによってこれをなすことができるものと解すべく、前記各規則が運送約款たる性質を有することと何ら矛盾するものではない。

そうすると、本件ストによる列車運行休止に関し、原告は被告に対し、前記各規則及び特別措置に基づき有する権利以外に、他の運輸機関を利用したために生じた費用の賠償を請求することはできないものというべく、抗弁2は理由がある。

三、以上の次第であるから、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金田育三 裁判官 田中清 裁判官 竹中邦夫)

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